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ハッスル

2008/11/02(Sun)17:45

ハッスルとは、2004年から始まった日本のプロレスリング興行である。PRIDEを主催していたドリームステージエンターテインメント(DSE)とZERO-ONEが手を組み、既成のプロレスとは一線を画した「ファイティング・オペラ」と位置付ける新しいスタイルの興行として始められた。2007年4月に新たに運営会社として「ハッスルエンターテインメント株式会社」が設立された。同社には出版社のエンターブレインが資本参加し、同月以降の大会はDSEに代わって同社によって運営が行われている。

更に詳しい情報は→Ranking / Ranking

◆ハッスルの公式ウェブサイト
ハッスル オフィシャル ウェブサイト
2002年にボブ・サップのブレイクを背景に格闘技イベントK-1と全日本プロレスが手を組んでプロレスイベントのWRESTLE-1を開始した。これにPRIDEのDSEが運営協力しており、同社の関連会社がアメリカ人の著名なプロレスラーのビル・ゴールドバーグと7回の契約を結んでWRESTLE-1と全日本プロレスに参戦させていた。ところが、2003年にK-1とPRIDEが仲違いを起こし、ゴールドバーグの契約が未消化で残った。かねてからプロレスイベントをやる構想を『紙のプロレス』の山口日昇編集長と語り合っていた榊原信行DSE代表がこのゴールドバーグの未消化の契約をきっかけとして、同年6月頃から高田延彦、ZERO-ONEの小川直也や橋本真也といったプロレスラーや元プロレスラー、ZERO-ONEの中村祥之専務といったフロントと話し合い、協力体制の元でハッスルを立ち上げる事になった。
2003年12月4日、ハッスル1開催発表会見の席上で、PRIDE男祭りの4日後(2004年1月4日)の開催という事で大丈夫か?(選手の体調面〈ケガなど〉は問題ないのか)という記者の質問に、DSEの榊原信行代表が「プロレスということなんで、大丈夫です!」という発言をして小川が机を投げ飛ばして反抗した事でハッスルのストーリーは始まった。その後、橋本真也と共に高田延彦に宣戦布告、PRIDE戦士を集めたハッスル高田軍と対小川直也・橋本真也+ZERO-ONE連合軍の構図で立ち上がった。第1回は同日に東京ドームで新日本プロレスが毎年恒例となっていた大会を開いていたという事で、反発を呼んだ。 内容面でも格闘技色の強い試合を行ったり、WRESTLE-1の色合いを残すなど方向性が定まらなかった。しかし、第2回(2004年3月、横浜アリーナ)以降は日本プロレス界を壊滅すべく強力な刺客たち=「高田モンスター軍」を次々と送り込む高田総統が登場。それに対し、キャプテン・ハッスル(小川直也)、ハッスル・キング(橋本真也)、ハッスルK(川田利明、その後モンスター軍へ加入し、モンスターKと命名)を中心とする「ハッスル軍」が登場する。彼らが苦しみながらもこれに立ち向かっていく、という後のストーリーが軸となる基本路線が確立された。
ファイティング・オペラと称するギミック満載の派手な演出、有料放送の視聴者を意識したカメラワーク、マイクパフォーマンスの重要性、興行までの仕掛けなどは、WWEを参考にしながら練られていた部分もある。しかしながら、2005年のハッスルマニアあたりからWWEでも行われていないような新機軸を打ち出し始め、国内の団体では実券の販売ではトップとなった。また、サラリーマン、OL、家族連れが非常に多いのも特徴であるとともに、既存のプロレスでは飽き足らないファンやPRIDEから流れてきた総合格闘技ファンもいることもハッスルの多様な集客層で垣間見られる。
2004年に『アサヒ芸能』誌で「ハッスル2」の流出した進行台本(勝者やマイクパフォーマンスの言葉が記載)が掲載されるという事件が起こったが、続く「ハッスル3」の煽りで中村専務(当時)が白紙の台本を持ってスキットに参加し、スキャンダルのアングル化を行った。
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